モラトリアムライフ

自由を求めて

セミ

セミが鳴いている
冬が一瞬姿を見せる十月の秋空、それでもセミは絶えず鳴き続けている
昼夜を問わず鳴いている

1週間ほど前の夜、急に大きな耳鳴りがしたので翌日の朝に耳鼻咽喉科に向かった
聴力検査を行い「2000Hz ~ 4000Hz帯の軽度の感音性難聴」という結果だった
薬を処方してもらい飲み続けはや一週間が過ぎているが、未だに改善の兆しすらない

突発性難聴は、明確に原因がわからない唐突に起こる感音性難聴の総称である
内耳の血液循環障害説やウイルス感染説などが考えられているが、現状の医学ではその明確な原因すら突き止められていない
いずれにせよ、内耳内の有毛細胞が死ぬことによって引き起こされているようである
しかし、有毛細胞は48時間程度の周期で髪の毛のように生え替わりが起こるようである
そして、髪の毛のように生え替わりが起きなければ有毛細胞はハゲる、つまりその部分の音を感じる有毛細胞がなくなり聞こえなくなるようである
ハゲている人の頭に急に髪が生えてこないように、有毛細胞に対して再生の循環が失われてしまったら、それは戻ることのない事実である
そのため、突発性難聴はできるだけ早くからの治療が要求され、治る可能性は時間と共に大きく減少していくようである
できれば48時間以内、特に1週間以内からの受診が要求され、1ヶ月程度で聴力は完全に固定されてしまうようである
早くからの受診ができたからといって1/3は回復し、1/3は部分的に回復、1/3は変わらずとされているようである
突発性難聴の原因や機序すら特定できていないのであるから当然だろう
自然治癒能力に対して補助輪をつけることしかできないのである

自分の場合は、もうすでに投薬1週間を超えて変化がないのでここからの回復は絶望的である
そこで次に期待するのは再生医療であるが、これはできたとしても数十年単位の話になるだろう
iPS細胞などで有毛細胞自体を生成するのは現状においても可能であるようであるが、聞こえるようになるまで機能的に長さや立体的構造を保って移植することは非常にハードルが高い
簡単に実験を行えるハゲの治療がiPS細胞などの再生医療が実現されてすらいない現状では、再生医療という希望は遥か彼方にある恒星のようである
確かに見え、その存在を感じ取れる輝かしい未来ではあるものの、それは限りなく遠い
最も突発性難聴に罹ったからといって生命に関わるような事態ではないし、それでいて生身の人間から有毛細胞を観察することができない以上その発展速度でさえもかなりの疑問符が残っている

残されている治療法はないだろうか
今後二十年で期待の持てる技術とすれば、strekin AG、Frequency Therapeutics、Otonomy社といった難聴治療薬の研究に取り組む創薬会社にかけるしかないだろうと私は考える
もっとも、各社ともにその研究進捗は、(基礎研究自体が進んでいないのであるから当然ではあるものの)芳しくないようである

調べれば調べるほど近い将来治ったり、症状が改善される希望はないことがわかってくる
宝くじが当たることを待つようにブレイクスルーが起きることに期待するしかない
少なくとも今後20年程度はこの耳鳴りは止まないのである

セミは突然鳴いた
季節外れの日から一切泣くことを止めずに
耳の中で泣き続ける
食事をするときも、お風呂に入るときも、スマホを使うときも、布団に入ってもなお鳴き続ける
一切構わずに鳴き続ける、私の頭の中でだけ
ほんのついこの前まであった安らぎはもはやこの世のどこにもない
この休まる場所がない苦痛は誰にも伝わらない
1万人に3人がかかる病気にかかり、1/3のハズレくじを引いてしまった
運がなかったけれど、くやしい、くやしい、くやしい、このやるせなさをどこにぶつければ良いの
誰か僕らを助けてくれ
セミは今も鳴いている

参考